東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)で、多くの役場が機能しなくなっていることに鑑みて、総務省自治行政局住民制度課から「東北地方太平洋沖地震等に関する住民基本台帳事務の取扱い(通知)」が出ている。内容は、
・住民の安否確認や被災者に対して緊急に行うべき事務について、都道府県が条例で定めることにより住基ネットの保有する氏名・住所等の本人確認情報を適切に活用すること・転出証明書を発行できない被災市区町村から転入があった場合、転入地において氏名、住所、転入年月日、生年月日、戸籍の表示等を住民に届け出させ、住基ネットの保有する本人確認情報を活用することにより転入届を受理すること
である。これによって、被災者の方々が他の市町村に転入することができるようになっていて一歩対策としては進んでいる。
しかし、これだけだと、今後いくつか課題が出てくるだろうと筆者は考えている。例えば:
- [P1] 被災者は、今後いろいろな自治体を点々としてゆくことが考えられるため、基本4情報の住所は連絡先としては適していないのに、これに頼ることは、のちのちのコスト増を生む。
- [P2] 被災者の4情報はすでに晒されてしまっているため、なりすましが非常に容易。生きておられる方になりすますと、二重登録がいずれ明らかになり、その時点で発覚すると思われるが、犠牲者の方を名乗られると、かなりの確率でお手上げ。(4情報が晒されてしまっている例)
- [P3] 生きている方に関して、成りすましによる二重登録が起きたとき、どちらが正当であるかの判断が難しい。
- [P4] 受け入れ自治体は、生活保護などを当面支給することになると思われるが、当然そんな予算措置はしていない(*1)。国が被災者向けの援助をしなければならないが、そのためには被災者証明書のようなものを被災者に発行しておかないと、あとの事務が難しくなる。
- [P5] 被災者に資金援助を届けるのが難しくなる。(例:被災者支援金、入金わずか14% 事務処理追いつかず @47News)
- [P6] 避難所・地域から離れると援助を受けられなくなるというおそれから、避難所からの移転が進まなくなる→生活再建が遅れる。
- [P7] 地域コミュニティの崩壊を恐れるため、希望者の転出も進まなくなる。
- などなど。
このようにつらつら考えると、新しい自治体に転入できるだけでは十分ではない。やはり、被災者向けに被災者証明書なる資格証明書(クレデンシャル)を発行する必要がある。もちろん、そのためのDB(レジストリ)も必要になる。被災者証明書といっても紙である必要はない。被災地から外に出たときにネットで取り寄せることができれば良い。
作業の流れは以下の通りだ。
1. あらかじめ以下の項目を保存できるデータベース(レジストリ)を用意する(*2)。
- 氏名*
- 生年月日*
- 性別*
- 顔写真* (*4)
- 被災時の住民票住所*(+郵便番号)
- メールアドレス(住所はどんどん変わるはずなので、連絡先としては意味を持たない。メールアドレスを持っていない場合は、その場で発行する。以後、これを当面の識別子として使う。)
- 携帯番号被災時の自宅電話番号
- パスワード(あとで登録内容の確認などに使う。)
- 後見人(特に未成年者。未成年者の場合は主に親。)
- 身分証明書確認の有無
- 身分証明書の種類
- 登録担当者
- 登録日時
- 登録地
また、もし登録事務の処理が回るようならば、以下もあると良いと思われる。
- 家族の氏名と安否
- 連絡を取りたい人の氏名と連絡先
- 避難先の履歴
2. 上記への登録システムを作成する。登録の流れは以下の通り。
- 端末からシステムにアクセス
- 端末と端末利用者/係員の認証
- 表示された画面への必要事項の入力
この程度であれば、あっという間に作れるし、利用時も携帯電話でも大丈夫だ。
3. 登録係員の訓練を行う。訓練といっても、写真の取り方やシステムの使い方、倫理規定など最低限のもので良い。
4. 被災地ないしは被災者の集合場所で登録を始める。この被災者の集合場所で行うというのがとても重要。「早急に被災者クレデンシャルを」で述べられているとおり、被災者の集合場所であればローカルコミュニティ内個人間での相互認証が可能だ。これが、外部に出てしまうと極めて難しくなる。
5. データをバッチで吸い上げて、住基ネットなどと整合性を確認する(*3)。もしあわないようだったら、取得した連絡先にて連絡を取るとともに、当該被災者証明書を一時停止する。
既に被災者は各地に拡散し始めている(*5)。なるべく早く始めないと、あとあと大変になる思うのだが…。
(*1) 福島県双葉町のさいたま市への3/19の移転など、短期的には受け入れ先は出てくるだろうが、これも当面3月いっぱいの話でその先は見えない。
(*2) @manabou氏の「電子政府による被災者支援、被災者支援システムの活用」と筆者が別途書いてあったものをマージした。
(*3) はじめから住基ネットのデータを使えれば話が簡単になるが、短期的には難しいだろう。
(*4) 老人などに、パスワードを覚えてくださいとか、ICカードを使ってくださいというのは、この状況下では現実的でない。身一つで移転したときに、本人性を確認するための大きな手段が、「顔」である。だから、「顔写真」を取得してDBに収録することは重要である。さらに、被災コミュニティと結びついてレコードが作成されているので、なりすましではないかというような疑義が出た場合、同一コミュニティの人に顔写真を見せて確認するというようなこともできる。一方、Hash化DNAなども技術的に安定したら考慮に値するだろう。特に、死亡した場合の身元確認には非常に有用であると思われる。顔写真だけだと、遺族がたくさんの死体を確認していかなければならないことが起きてしまう。それよりも、よほど遺された者に優しい方式だろう。ただし、こうした情報を取得しDBのに収めることに、一般的な社会的合意があるか、全国民に広げたときに違憲にならないためにはどうするかなどは議論の余地がある。
(*5) 現状は被災所・地域単位での移転なのでまだ間に合う。これが分散し始めると要注意である。
【改訂履歴】
諸般の事情で時間がない中で書いているので、当初書こうと思っていたことに書き落としが多数あるので徐々に追記しています。
- 2011/3/19 (*4)として、Hash化DNAについて追記
- 2011/3/25 ローカルコミュニティでの相互認証について追記。また、(*4)にて、顔写真の意義を追加とともに、このようなDBの法的な懸念に関しても追記。
- 2011/5/28 P5-P7を追記
はじめまして。
京都大学防災研究所の林先生が罹災証明書発行システムの開発に取り組まれています。既にご存じかも知れませんが、ご参考まで。
http://www.drs.dpri.kyoto-u.ac.jp/projects/etec/yokohama100204.pdf
http://www.ristex.jp/public/focus/focus_no7.html
お返事が遅くなってすみません。
記事の中で触れられているプロジェクトの、 http://www-drs.dpri.kyoto-u.ac.jp/medr/data_public/20090227_results01/090227hayashi_team3.pdf も非常に良いと思います。
ただ、フォーカスは林先生のご研究と私のブログ記事が取り上げている点とちょっと違うと思います。上記の資料で言うと、フォーカスは Relief => Recovery フェーズだと思いますが、http://t.co/A3bKp5l via で取り上げたのは、Response=>Relief フェーズのところにフォーカスがあります。もちろん、本来シームレスに繋がってゆくべきなのは言うまでもありませんが。
ktashiro.src さんの、林先生の記事と併せて読みました。被災者台帳の作成が長期になる可能性が大なので、初動が非常に重要ということですね。時間軸でも考える必要がありそうです。直後は本人確認等の正確さより、緊急性が優先されるものの、時間が経つにつれ(本格的かつ長期的な支給が行われるにつれ)、どうデータを正確化していく仕組みを作るのかがキーのような気がします。
さっき、NHKで言っていましたが、データベースに、被災者が、自分の特技などを書いておくといいかと思います。
理由・・・やまこし村など被災者受け入れで、受け入れ側が、被災者の人に役割を持ってもらって、(例えば、避難先で地元の人の役に立つ仕事をする。田植え指導・郷土料理伝達・・etc)生きがいを感じてもらうことに成功している。その後の被災地との継続的な有効にも繋がっている。
いいなぁと思いました。